大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所秋田支部 昭和48年(ネ)25号 判決 1974年6月24日

控訴人(被告)

板垣漢治

被控訴人(原告)

須藤昭子

主文

一  原判決を左のとおり変更する。

1  控訴人板垣は、被控訴人に対し金五四五万二三二四円並びに内金四九〇万二三二四円に対する昭和四六年一二月一六日から、及び内金五五万円に対する本判決確定の日の翌日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人の控訴人板垣に対するその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人板垣の負担とする。

三  この判決は、被控訴人勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  控訴人板垣の求める裁判

「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決

二  被控訴人の求める裁判

「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決

第二主張

一  被控訴人の請求原因

1  事故の発生

被控訴人は、次の事故により次のとおり受傷した。

(一) 日時 昭和四三年一二月一六日午前七時四五分頃

(二) 場所 秋田県由利郡象潟町小砂川字小田九番地先国道七号線路上

(三) 加害車及び運転者

小型貨物自動車(山形四む三二〇五号)。

相控訴人吉村義勝

(四) 態様 前記路上本荘方面から酒田方面に向つて歩行中の被控訴人に反対方向から進行してきた加害車が接触した。

(五) 傷害 脳内出血、前頭骨皹裂、顔面及び頭部挫創、第一頸椎骨折、左肩関節部打撲(左上肢麻痺)右膝部打撲、右第五肋骨骨折。自動車損害賠償保障法施行令別表障害等級四級相当の後遺症がある。

2  責任原因

控訴人板垣は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

3  損害

(一) 休業損害 金八九万三七六〇円

被控訴人は、ユザ東電化株式会社に勤務し、平均月収二万一二八〇円及びボーナス年二か月分を得ていたが、本件事故のため欠勤退職し、昭和四三年一二月から同四六年一一月まで三年間の収入である右の休業損害を受けた。

(二) 逸失利益 金三七五万四六八五円

被控訴人は、本件事故により労働能力の全部を失なつた。しかし事故に遭わなければ、昭和四六年一二月(二四歳時)より前記会社の定年である四二歳まで一八年間、毎年年収二九万七九二〇円をあげえたものである。これを年五分の割合により中間利息を控除すれば、前記の逸失利益の金額となる。

(三) 治療費 金六万一八六四円

被控訴人は、本件事故による受傷の治療のため右金額を支払つた。

(四) 入院雑費 金一五万九三〇〇円

被控訴人は、合計五三一日間入院(昭和四五年五月三〇日退院)して治療を受けたが、一日当りの雑費は、金三〇〇円を要した。

(五) 入院中付添看護費 金三二万六三〇〇円

被控訴人は、前記の入院期間中二五一日付添看護を要したが、一日当りの付添看護費は金一三〇〇円が相当である。

(六) 通院交通費 金五万二六四〇円

被控訴人は、昭和四五年五月三一日から同四六年七月二一日までの間に四七回通院したが、付添人一人を要し、一回当りの交通費は、往復二人分一一二〇円であつた。

(七) 将来の付添費 金四五五万九五八〇円

被控訴人は、一生涯付添人なしに生活できない状態にあるが、昭和四六年(二四歳時)以後の被控訴人の平均余命は五一年で、一日当りの付添費は金五〇〇円を要する。

(八) 慰藉料 金三八〇万円

前記傷害に対する慰藉料は、右金額が相当である。

(九) 弁護士費用 金八五万円

被控訴人は、控訴人が請求に応じないため訴訟代理を委任し、手数料五万円、謝金八〇万円を支払うことを約した。

4  損害の填補 金四二五万〇三九〇円

被控訴人は、控訴人板垣及び相控訴人吉村義勝から金一九万〇三九〇円、自賠責保険から金二五六万円の支払を受けるとともに、相控訴人吉村から裁判上の和解により金一五〇万円の支払を受けた。

5  結論

よつて、被控訴人は、控訴人板垣に対し前記3の(一)から(九)までの損害合計金一四四五万八一二九円から、4の損害の填補額を控除した金一〇二〇万七七三九円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する控訴人板垣の答弁

1  請求原因1及び2の事実を認める。ただし、同1(五)のうち、後遺症の等級を認めるが、その余の傷害の内容は知らない。

2  請求原因3(三)の事実を認める。同(四)のうち、入院期間が被控訴人主張のとおりであることは、認めるが、一日当りの金額は金二〇〇円程度が相当である。その余の同3の事実は争う。

3  請求原因4の事実を認める。

三  控訴人板垣の抗弁

1  免責の抗弁

本件事故は、運行供用者である控訴人板垣及び運転者である相控訴人吉村に自動車の運行について過失はなく、加害車には構造上の欠陥及び機能の障害はなかつたのであるが、被害者である被控訴人の一方的過失により発生したものである。すなわち、本件事故は、加害車と被控訴人との間の距離が約一八メートルに接近した際、被控訴人が強風にあおられて突然加害車の前方道路上に吹き飛ばされてきたため発生したものであるが、その時には相控訴人吉村が急停車及びハンドルの右転把の措置をとつても、被控訴人との接触をさけられない状態にあつた。そして、右のような人を吹き飛ばすような強風が吹こうとは、現実に被控訴人が吹き飛ばされるまでは車中にいた吉村には分らなかつたので、そのような危険を予想しうるものでなく、相控訴人がそのような事態を予想せず車を通常の方法で運転していたことには全く過失がない。一方被控訴人は、歩行中であつて風の状態を適確に把握しえたにもかかわらず、漫然歩行していたため、吹き飛ばされるほどの風力でもないのに、突風に吹き飛ばされたものであつて事故発生の原因は被控訴人の一方的な過失にあるというべきである。

2  過失相殺

右1の抗弁が認められないとしても、相控訴人吉村の過失は軽度であるのに対し、被控訴人の過失は大きいから、過失相殺により被控訴人の請求の七割を減ずべきである。

四  抗弁に対する被控訴人の答弁

抗弁事実はすべて争う。

理由

一  被控訴人の請求原因1(一)から(四)までの事実は当事者間に争いがない。そして、〔証拠略〕によれば、被控訴人が右請求原因1(五)記載の傷害を受けたことが認められ、また被控訴人に自動車損害賠償保障法施行令別表障害等級四級相当の後遺症があることは、当事者間に争いがない。

二  被控訴人の請求原因2の事実は当事者間に争いがない。そこで控訴人板垣の抗弁1(免責の抗弁)及び2(過失相殺の抗弁)について判断する。

〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができ、右証拠中次の認定に反する部分は、いずれも措信できない。

(1)事故地点の道路西側は、直接日本海に面し、季節風(西風)の強い冬期等には、突風のため道路西側端(海側)を歩行中の者が車両の通行する道路中央部へ吹き飛ばされることがあつて、右地点は一般に危険な個所とされていたこと、(2)事故当時も秋田地方気象台から海上、海岸に対する強風、波浪注意報が発令されており、事故地点における風速は詳らかでないが事故発生時点当時秋田市で瞬間最大風速二一・八メートル毎秒が記録されており、事故地点でもほぼ同程度の突風が吹き荒れていたものと推認されること、(3)加害車の運転者吉村義勝は、ほぼ毎日、本件道路を通行し、道路の状況を良く知つていたこと、そして、事故地点にさしかかる前、運転中時々強風で車体が寄せられるのを感じていたこと、(4)事故地点の道路西側端を歩行していた被控訴人は勿論他の歩行者も、強風を避けるため前かがみになり、強風から顔をそむけるため前方の注視が不完全なまま、そして風にあおられて身体が不安定な状態で歩行していたものであり、右吉村は事故地点に至る五〇メートル手前で、右のようにして着用していたアノラツクの襟を立てて対面歩行してくる被控訴人を発見したこと、(5)事故地点における道路の幅員は七・八メートル、片側三・九メートルで、歩車道の区別はないが、道路端より一・二〇メートルまでを歩行者の歩く範囲として白線の表示があつたこと、(6)吉村は道路左側のほぼ中央部を進行しており、加害車の車幅から計算すると、加害車の左側面から道路西側端までは、一・二二五メートルから一・五メートル程度の間隔があつたものの、前記の白線との間隔は、〇・〇二五メートルから〇・三〇メートル程度の間隔しかなく、道路端を歩く歩行者が強風にあおられ又は突風に吹き飛ばされて、前記白線より車両の通行する道路中央部側へ出た場合、衝突の危険があつたこと、(7)吉村は被控訴人を発見後も加害車の進路を道路中央線寄に変えることなく、又減速することなく進行し、事故地点より約一八メートル手前附近に至り、はじめて危険を感じ警音器を吹鳴したところ前記白線内を歩行していた被控訴人が突風に吹き飛ばされて道路中央部へ向かつて出てくるのを発見し、急制動の処置をとつたが及ばず、加害車の左前照灯附近を被控訴人に衝突させたこと、(8)本件の実況見分調書(甲第一九号証)には、被控訴人が突風に吹き飛ばされて三・二一メートル進行した地点で加害車と衝突した旨の記載があるが、衝突地点と道路端との距離記載はなく、衝突時における加害車の位置は詳らかでないが、衝突時においては、従前の加害車の進路よりも若干道路右側へ寄つていたものと推認されること、(9)しかしながら、吉村は、前記のとおり事故地点の約一八メートル手前で衝突の危険を明白に認識しながら、当時対向車もなくハンドルを右転把して衝突を避けることができた(控訴人は路面が湿潤で急制動しながら右転把すれば横転の危険があつて不可能であつたというが、一般の経験則に照らし不可能とはいえない。)のに、意識的にハンドルを右転把することもなく進行し被控訴人と衝突したものであること、以上の事実が認められる。

右事実によれば、吉村には、進路前方五〇メートルで被控訴人を発見した際、当時対向車もないのであるから進路を道路中央線に変更し警音器を吹鳴して被控訴人の注意をうながし又は減速し危険物を発見した際直ちに停車できる程度に徐行すべきであつたのにこれを怠つた過失及び事故地点の手前一八メートルで被控訴人が突風に吹き飛ばされて道路中央部へ向つてくるのを発見した際、単に急制動の処置をとつたのみで、ハンドルを右転把して衝突を回避すべきであつたのに、これを怠つた過失があるというべきである。よつて控訴人板垣の免責の抗弁は理由がない。

他方、被控訴人には、前記認定事実によれば、前方の注視が不完全のまま、突風に吹き飛ばされないための処置もとらずに歩行していた過失が認められ、この過失と前記吉村の過失とを比較すれば、被控訴人が請求することができる額は、同人の損害額よりその三割を減ずべきである。

三  被控訴人の請求原因3(損害)について判断する。

1  休業損害 金八九万三七六〇円

〔証拠略〕によれば、被控訴人は、ユザ東電化株式会社に勤務し事故前三か月の平均給与として一か月金二万一二八〇円を得、また年に二か月分を下らないボーナスの支給を受けていて、年収は金二九万七九二〇円を下まわらない金額であつたことが認められる。そして、〔証拠略〕によれば、本件事故により昭和四三年一二月から同四六年一一月まで就業することができなかつたことが認められるので、被控訴人の右期間の休業損害は、右の金額となる。

2  逸失利益 金三四五万四三七三円

被控訴人が本件事故により自動車損害賠償保障法施行令別表等級四等級相当の後遺症を受けたことは、当事者間に争いがない。そうすると右後遺症による被控訴人の労働能力喪失割合は九二%と認めるのが相当であり、また〔証拠略〕によれば、ユザ東電化株式会社の女子職員の定年は四〇年であるが、定年後も臨時工として働くのが通常であることが認められるので、被控訴人の労働能力喪失による逸失利益の算定期間は、昭和四六年一二月より被控訴人が四二年となる昭和六四年の一一月まで一八年間と認めるのが相当である。被控訴人は、右一八年間毎年前記の年収の九二%の得べかりし収入を失つたのであるが、これを年毎のホフマン式計算法により中間利息(年五%)を控除して昭和四六年一二月の現価を計算すると(係数は、一二・六〇三二四七一二)、右の金額となる。

3  治療費 金六万一八六四円

被控訴人の本件事故による受傷の治療費として右金員を支出したことは、当事者間に争いがない。

4  入院雑費 金一五万九三〇〇円

被控訴人の入院期間が合計五三一日間であることは、当事者間に争いがなく、一日当りの入院雑費は金三〇〇円をもつて相当と認める。

5  入院中付添看護費 金二五万一〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、被控訴人は、前記入院期間中二五一日間付添看護を必要とし、〔証拠略〕によれば、右の期間被控訴人の親族が付添つたことが認められる。そして、一日当りの付添費は、金一〇〇〇円をもつて相当と認める。

6  通院交通費 金五万二六四〇円

〔証拠略〕によれば、被控訴人は付添人一人と共に四七日間通院し、右金員を支出したことが認められる。

7  将来の付添費 金四五五万九五一二円

〔証拠略〕によれば、被控訴人は、一人では、着替、入浴、寝具の上げ下げ、食事等の日常生活上必要な行動ができず、一生涯付添人を要するものと認められる。そして、被控訴人の平均余命は、昭和四六年一二月の二四歳時において五一年と認められ、また一日当りの付添費は、金五〇〇円を相当と認める(控訴人は、被控訴人に付添を要するのは、日常生活の一部にすぎないと主張するが、付添費としては、被控訴人主張の事由の故に必ずしも少額ですむものとはいえず、右金額が高きに失するものとはいえない。)。右付添費(年額金一八万二五〇〇円)を年毎のホフマン式計算法により中間利息(五%)を控除して、昭和四六年一二月の現価を計算すると(係数は、二四・九八三六三二一五)、右の金額となる。

8  慰藉料 金二五〇万円

前記認定の事故の態様、被控訴人と運転者吉村との過失の程度、被控訴人の受傷の内容、入院期間、通院日数、後遺症の内容、日常生活への影響及び被控訴人が結婚適令期にある女性であること等諸般の事情を考慮すると、被控訴人の精神的苦痛に対する慰藉料としては、右の金額が相当である。

9  過失相殺及び損害の填補後の残額 金四八五万二三二四円

前記1から7までの損害の合計金九四三万二四四九円については、前記二で述べた理由により過失相殺としてその三割を減ずべきであつて、その残額は、金六六〇万二七一四円となる。これに前記8の慰藉料金二五〇万円を加えると金九一〇万二七一四円となるところ、被控訴人が請求原因4の損害の填補を受けたことは、当事者間に争いがないから、填補後の残額は、金四八五万二三二四円となる。

10  弁護士費用 金六〇万円

成立に争いのない甲第一八号証によれば、被控訴人が本件訴訟の追行を弁護士伊勢正克に委任し、着手金五万円を支払い、報酬として受益額の一割を支払う旨約したことが認められる。そして、前記認容額その他諸般の事情を考慮すると、控訴人板垣において賠償すべき弁護士費用の額は、右着手金を含め、右金額を相当と認める。

四  以上認定判断したところによれば、控訴人板垣は、被控訴人に対し、前記三の9及び10の合計金五四五万二三二四円並びに内9及び10の着手金五万円の合計金四九〇万二三二四円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年一二月一六日から、及び内10の着手金を除いた弁護士費用金五五万円に対する本判決確定の日の翌日から、各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。よつて、これと一部異なる原判決を主文のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条及び第八九条を、仮執行の宣言につき、同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西村四郎 萩原昌三郎 浅生重機)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例